大判例

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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)1971号 判決

控訴人 長野トヨタ自動車株式会社

右代表者代表取締役 宇都宮元

控訴人 長野トヨペット株式会社

右代表者代表取締役 内山俊男

右両名訴訟代理人弁護士 鈴木敏夫

同 松岡浩

被控訴人 穂高孫衛

被控訴人 小牧杢太郎

右両名訴訟代理人弁護士 下平桂

同 長谷川洋二

主文

一  原判決中被控訴人穂高孫衛に関する部分を次のとおり変更する。

被控訴人穂高孫衛は控訴人長野トヨタ自動車株式会社に対し金五七一万七〇〇〇円及びこれに対する昭和五三年一月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、控訴人長野トヨペット株式会社に対し金一九七万円及びこれに対する昭和五二年三月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  控訴人らの被控訴人小牧杢太郎に対する控訴をいずれも棄却する。

三  控訴人らと被控訴人穂高孫衛との間に生じた訴訟費用は第一、二審とも同被控訴人の負担とし、控訴人らと被控訴人小牧杢太郎との間に生じた控訴費用は控訴人らの負担とする。

四  この判決は控訴人ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決を次のとおり変更する。被控訴人らは連帯して控訴人長野トヨタ自動車株式会社(以下控訴人長野トヨタ自動車という。)に対し金五七一万七〇〇〇円及びこれに対する昭和五三年一月二二日から完済まで年五分の割合による金員を、控訴人長野トヨペット株式会社(以下控訴人長野トヨペットという。)に対し金一九七万円及びこれに対する昭和五二年三月四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人らの連帯負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人らの主張)

一  被控訴人らの過失相殺の主張は争う。控訴人らは訴外有限会社増田屋商店(以下増田屋という。)と取引をするに際し増田屋の財産状態を調査する義務はないし、また調査しても他人の財産状態が簡単に分かるはずがないから、控訴人らが増田屋の財産の内情を知らなかったとしても過失はない。また、被控訴人穂高は増田屋の経営責任者として財産状態を悪化させないようその責任を果して控訴人らと取引を継続すべきところ、自らの経営上の不始末により増田屋の財産状態を悪化させながら、その財産状態の悪化を秘匿し、何ら危険がないように装って取引を継続したものであるから、公平の見地からするも、被控訴人穂高は過失相殺をなし得べき関係にはない。

二  取締役の監視義務違反を理由に当該取締役に対して責任を追及する場合、その取締役の会社における実際上の地位や代表取締役との関係、取締役就任のいきさつ等によりその責任の有無に差異を生ぜしめることは、現行商法のとる立場ではないというべきである。さもなくば、何ら代表取締役の業務執行を監視しなくともよい取締役の就任を是認する結果となり、現行法がその監視機能を期待して認めた取締役会の存在意義それ自体が問われることになるからである。取締役に就任した以上は内部的事情とは一切無関係に、取締役として通常期待される注意義務をもってその職務を行うべきであり、それができないというのであれば就任をことわるか、ただちに就任すべきものである。被控訴人小牧は増田屋の取締役に就任することを承諾してその登記手続のために被控訴人穂高の妻に印鑑を貸与したのであるから、仮に被控訴人小牧の取締役就任が名目上のものであったとしても、そのこと故に有限会社法三〇条の三第一項前段の責任を免れることはない。

三  仮に、被控訴人小牧の取締役就任及びその登記手続が同人の知らない間になされたものであったとしても、同人は被控訴人穂高からその妻を介して印鑑の貸与の申入れを受けた際、それが何のために使用されるものであるのかよく確認することなく安易にこれを交付したところ、自己の取締役就任及び登記手続に使用されてしまったということになるから、同人には不実登記の現出に過失が認められる。この場合、被控訴人小牧は、不実登記の加功者として有限会社法一三条三項、商法一四条の類推適用を受け、有限会社法三〇条の三の適用の関係においても自己が取締役でないことを善意の第三者に対抗できないものというべく、したがって、被控訴人小牧の責任はやはり免れ得ない。

(被控訴人らの主張)

一 被控訴人小牧が増田屋の取締役に就任することを承諾した事実はない。昭和二五年三月ころ、被控訴人穂高の妻が被控訴人小牧の自宅に来て「店のことで用事があるので印鑑を貸してくれ」と言ってきたが、同女が被控訴人小牧の実姉であることから止むを得ないと思い、深く考えないで印鑑を貸したところ、被控訴人穂高が被控訴人小牧に全く無断でこの印鑑を使用し増田屋の取締役としての登記を行ったものである(この点に関する被控訴人らの認否を上記のとおり訂正する。)。

二 控訴人らの当審における主張は争う。

理由

一  《証拠省略》を総合すると、控訴人長野トヨタ自動車は増田屋に対し原判決添付自動車目録一記載のとおり昭和五〇年五月三一日から昭和五一年一一月二五日までの間に自動車九台を売渡し、増田屋が倒産した昭和五一年一二月当時(右時期に増田屋が倒産したことは当事者間に争いがない。)増田屋に対し右自動車売渡残代金合計金五七一万七〇〇〇円の債権を有していたこと、増田屋は控訴人長野トヨタ自動車に対し原判決添付手形目録記載のとおり昭和五〇年一二月二六日から昭和五一年一一月二〇日までの間に右債務の支払のために約束手形四四通(その金額計五七一万七〇〇〇円)を振出交付し、控訴人長野トヨタ自動車が現に右約束手形四四通を所持していることを認めることができる。

次に、控訴人長野トヨペットは増田屋に対し原判決添付自動車目録二記載のとおり昭和五一年九月七日及び同年一〇月二日に自動車各一台を代金九五万円及び一〇二万円でそれぞれ売渡し、そのころ増田屋からその支払のために原判決添付小切手目録記載の先日付小切手二通(額面金額九五万円及び一〇二万円)の振出交付を受け、各呈示期間内に右各小切手を支払場所に呈示し支払を拒絶されたことは当事者間に争いがない。

そして、《証拠省略》によれば、増田屋は昭和五一年一二月八日不渡手形を出して倒産し、控訴人らに対し右各自動車買掛債務の支払をすることができなかったため、控訴人長野トヨタ自動車は自己の債権額と同額の金五七一万七〇〇〇円、控訴人長野トヨペットは同じく金一九七万円の各損害を被ったことが認められる。

二  右自動車購入当時及び右手形小切手振出の当時被控訴人穂高が増田屋の代表取締役であったことは、当事者間に争いがない。そこで、被控訴人穂高の有限会社法三〇条の三第一項前段の責任について検討する。

《証拠省略》を総合すると、増田屋は昭和二五年被控訴人穂高により自転車類及び自動車類の修理販売等を目的として資本金二五万円で設立された有限会社であること、増田屋は被控訴人穂高が経営するいわゆる個人会社であって、社員総会を開催したことはないこと、同被控訴人は昭和四五年当時六五才と高齢になったので、そのころから漸次、長男である穂高洋一に仕入、販売、手形振出、経理等会社の経営を任せ、昭和五〇年ころには自らは自動車の修理を手伝う程度で会社の経営からはほとんど身を引くに至っていたこと、増田屋は昭和三八年ころ取引先の倒産により約六〇〇万円の赤字を出して以来経営が苦しく、昭和三八年から昭和五〇年までの間、黒字を計上したのは二、三期にすぎず、その余の決算期においてはいずれも赤字を計上しており、累積赤字は次第に増加し、昭和五〇年ころには累積赤字の額が約二五〇〇万円に達し、慢性的かつ大幅な債務超過の状態にあったこと、増田屋はそのころ既に、控訴人らから仕入れた自動車を客に販売して取得した手形を割引いて他の債務の支払に充て、控訴人らに対する右自動車仕入代金の支払は他の自動車を仕入れて販売しなければ支払えないといういわゆる自転車操業状態にあったのであるが、資金繰りに追われた結果、そのころから更に控訴人らから買入れた自動車の一部を仕入値とほとんど同じ値段かそれよりも安い値段で客に販売したため、このことも更に負債が増える要因となったこと、増田屋は昭和五一年一二月八日不渡手形を出して倒産したが、その当時における増田屋の負債総額は約七四七五万円、資産は約八二〇万円、その実質見込値は約五二一万円で、その負債のうちの多くは自動車販売業者に対するものであった、以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

右事実によれば、増田屋が控訴人らから本件各自動車を購入した当時増田屋の財産状態は極めて悪く客観的にみて倒産寸前の状態にあったものというべきであるから、増田屋の担当者である穂高洋一としてはその当時、近い将来において増田屋が倒産し控訴人らに対する自動車仕入代金を支払うことができないかもしれないことを予想し、又は予想し得たにもかかわらず控訴人らから本件各自動車を購入したものというべきである。

ところで、有限会社の代表取締役は会社の業務執行全般についてこれを報告させ、必要があれば部下を指揮、監督して会社の業務執行が適正に行われるようにするべき職責を有するものであり、このことは、たとえ会社の内部的事情によって名目的にその地位についている代表取締役であっても変るところはないと解するのが相当である。そして、前記認定事実によれば、被控訴人穂高は洋一に会社経営の実権を譲っていたとはいえ、なお会社業務の一端に関与していたのであり、また洋一とは実の親子であるから増田屋の財産状態が右のように倒産寸前の状態にあったことは知っていたものと推認すべく、仮にこれを知らなかったとしても同被控訴人が増田屋の業務執行全般について報告させていれば容易に知ることができたはずであるから、このような措置に出たうえ、支払不能のおそれがある新たな自動車の購入を差控えさせるべきであるのに、洋一の独断専行に任せてこれを制止しなかったことは明らかであるから、この点につき、被控訴人穂高は少なくとも重大な過失により代表取締役としての職責を尽さなかったものと認めるべきである。

そうすると、控訴人らは有限会社法三〇条の三第一項前段に基づき被控訴人穂高に対し控訴人らが被った前記損害の賠償を求め得るものというべきである。

三  ところで、被控訴人穂高は、控訴人両名は長野県内でトヨタ車を独占的に販売する大企業であり、取引の安全については充分に調査をしているのであるから、増田屋の経営の内情を知りながら、販売実績の向上のため積極的に売込みを図ったのであり、仮に増田屋の経営状況を知らずに増田屋と取引をしたのであるとすれば、それは控訴人両名の過失によるものであるから、いずれにしても大幅に過失相殺をすべきである旨主張する。しかしながら、控訴人らが増田屋の経営の内情を知りながら販売実績の向上のため危険を承知で売込みを図ったことを認めるに足りる証拠はない。却って、《証拠省略》によれば、増田屋ではその経営の内情を秘して取引をしていたため、控訴人らは増田屋が倒産するまで倒産の危険を察知できなかったことが認められる。また、右のような事情の下においては、控訴人らが増田屋と取引をするに際し増田屋の財産状況につき格別の調査をしなかったとしても、これをもって控訴人らに過失があるということはできない。その他本件の全証拠によるも公平の観点から損害賠償の額を定めるにつき斟酌すべき事由を見出すことはできない。

そうすると、被控訴人穂高の過失相殺の主張は理由がない。

四  次に、増田屋が前記の自動車を購入しその支払のための手形小切手を振出した当時、被控訴人小牧が増田屋の取締役として登記されていた事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証(増田屋の商業登記簿謄本)、原審における被控訴人小牧の本人尋問の結果及び同被控訴人の代理人が原審第九回口頭弁論期日において、右登記の経緯につき、「昭和二五年三月ごろ、被告小牧は、同穂高が合までの商売を有限会社にするので役員が必要だから印鑑を貸してくれ、何も仕事もないし迷惑はかけないと言ってきたので、当初は何もわからないので辞退したが、義兄でもあるし、責任もないからというので、それならばと深く考えもせず印鑑を貸したことがある。」と陳述している事実を総合すると、被控訴人小牧は昭和二五年三月ころ被控訴人穂高の依頼に基づき被控訴代理人が陳述したとおりの経緯で増田屋の取締役に就任することを承諾し、そのころその旨の登記がされたと認めるのが相当であり、《証拠省略》中「被控訴人増田の妻から店のことで用事があるから印鑑を貸してほしいと頼まれ貸したことはあるが、それが法人設立のために使われるとは考えていなかったし、増田屋の取締役に就任することを承諾したこともない」旨供述する部分は採用することができない。

そこで次に、被控訴人小牧の有限会社法三〇条の三第一項前段の責任について検討する。

まず、《証拠省略》に上記認定事実を総合すると、増田屋は代表取締役の定めのある有限会社であって、代表取締役に被控訴人穂高、取締役に被控訴人小牧、訴外伊藤一良が就任していた事実を認めることができるが、増田屋が定款でもって取締役会を設けていたことを認めるに足りる証拠はない。右の事実関係のもとにおいて、増田屋の取締役である被控訴人小牧は、取締役会の定めのある有限会社の場合とは異なり取締役会を通じて業務の執行が適正に行われるように監視する機会を与えられてはいないが、それでもなお代表取締役の業務執行の全般についてこれを監視し業務の執行が適正に行われるようにするべき一般的な職責を有するというべきであり、このことは同被控訴人がたとえ名目的に就任した取締役であっても変るところはないというべきである。

ところで、《証拠省略》に上記認定事実を総合すると、被控訴人小牧は昭和二〇年から高等学校の教諭をしているところ、昭和二三年三月ころ同人の姉の配偶者である被控訴人穂高の依頼により、増田屋の仕事はしないしまた何らの責任を負わないという条件で増田屋の取締役に名目上就任したものであり、爾来本訴が提起されるまで約二七年間にわたって、増田屋から出社を求められたりその業務内容について報告を受けたことはなく、自らも出社したり報告を求めたりしたことはなく、したがって役員報酬を受けた事実もないこと、また被控訴人小牧は増田屋に出資したことはなく、その職業柄増田屋との間に事業上の関係が生ずることもなく、増田屋に対して完全に無関心の状態にあったこと、増田屋は資本総額二五万円、被控訴人穂高の家族と従業員若干名を使用する小規模な、被控訴人穂高の個人会社であって、同被控訴人は当初から増田屋の経営内容に関与しないことを前提として被控訴人小牧に取締役就任方を要請したのであるから、被控訴人小牧が増田屋の取締役としてその業務内容に口出しするのを受容するはずはなく、また被控訴人小牧も増田屋に対して事実上の影響力を行使できる立場にもなかったこと、以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右に認定した増田屋の経営の実態、被控訴人小牧が取締役に就任するに至った事情とその後の同被控訴人と増田屋とのかかわり合いの状況、更に同被控訴人が取締役に就任してから洋一の本件自動車購入行為までに約二五年もの長年月が経過していることを考えると、本件においては被控訴人小牧に対し前記職責を尽すように求めることは困難であると認められるから、増田屋の従業員である穂高洋一が前記のような経緯で控訴人らから自動車を購入しその支払のために手形小切手を振出したことについて、被控訴人小牧が増田屋の取締役としての職務を行うにつき故意又は重大な過失があったものということはできない。また仮に被控訴人小牧が増田屋に対しその経営内容の報告を求めなかった点において任務懈怠があるとしても、上記のような事実関係のもとにおいては、同被控訴人がそのような挙に出たとしても、増田屋がその経営が倒産に瀕し、訴外穂高洋一が前記のような違法行為を行っていることまで社外の人間である被控訴人小牧に報告するとは考えられないし、また同被控訴人がそれを知り得たとしても訴外穂高洋一の違法行為を阻止することは困難であったと認められるから、右任務懈怠と控訴人らの損害との間には相当因果関係があるとは認められない。

他に、右認定を覆し控訴人らの主張を認むべき証拠はない。

五  そうすると、有限会社法三〇条の三第一項前段の規定に基づき、控訴人長野トヨタ自動車が被った損害五七一万七〇〇〇円及びこれに対する請求の趣旨訂正の準備書面送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五三年一月二二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める同控訴人の本訴請求、及び控訴人長野トヨペットが被った損害一九七万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五二年三月四日から支払ずみまで右同率の遅延損害金の支払を求める同控訴人の本訴請求は、いずれも被控訴人穂高に対しては理由があるのでこれを認容すべきであるが、被控訴人小牧に対しては理由がないので棄却を免れない。

よって、原判決中被控訴人穂高に関する部分を右のとおり変更し、被控訴人小牧に対する控訴人らの控訴をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九五条、八九条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村岡二郎 裁判官 藤原康志 渡辺剛男)

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